ネットショッピングブログポータル こみこみ(comi2)
クレジットカード決済サービス by ゼウス

2008年09月18日

生け花(華道)の歴史  

生け花(華道)の歴史について、一般には仏教の伝来(6世紀)と発展に伴い、仏前に花を手向ける供花(くげ)に由来するという説が有力である。供花(くげ)は、奈良時代に行った仏に花を捧げ供養礼拝する儀式のこと。供花(くげ)はその後室町時代に公家、武士、僧侶など特権階級の遊戯としての性格を持つようになり立花(たてばな)として独立していく。室町時代には、建築様式が書院造りに変化し後の床の間にあたる押し板や棚が設けられ、それまで仏前のものだった供花が飾られるようになってくるのである。
8代将軍足利義政は、特に生け花、能、茶の湯を奨励したため富裕な商人たちへ急速に広まっていった。当時華道家には立阿弥ほか京都の頂法寺の六角堂に専慶があり特に専慶は池坊専慶と呼ばれ現在の池坊の開祖となった人物である。こうして供花の宗教色を廃し、民間人により装飾的になっていき、立花(立華、りっか、たちばな)が生まれた。また違い棚を飾る目的で、軽い処方での投げ入れ花も生まれた。
茶の湯においては、千利休が絢爛豪華な立花を嫌い侘び、寂びの精神を受け継いだ質素で簡素な茶花を考案する。『花ノ上手ハ何ノ花ニテモ心次第ナリ』という利休の高弟山上宗二に現され、『南方録』には『竹筒にカキツバタ』『口広花入れにキク一輪』『籠花入れに一重の白桃』『細口にキク一輪』と記されている。利休の『花は野にあるよう』という茶花の心は、その後生花(しょうか、せいか)に生かされていく。
江戸時代になると、それまで京都中心であった立花は、1629年 後水尾天皇の立花の会以降その盛況ぶりが江戸へ喧伝され広まっていった。そのころ、立花の心、正心、請(うけ)、流(ながれ)、控(ひかえ)、副(そえ)、前置(まえおき)など7つの役枝が定められた。
18世紀中ごろになると江戸の町人の間に、庶民芸術として広まり、生花(しょうか、せいか)という新しい様式が生み出された。生花(しょうか、せいか)は、茶花の伝統を受け継ぎ、立花の役枝を簡略化したものであった。源氏流(1757年千葉流ト りゅうぼくが創始した)、東山流(千葉一流)、などたくさんの流派が誕生し栄えるのである。



日本花道史 (1971年)

久保田 滋 /瀬川 健一郎
光風社書店 刊
発売日 1971



日本の生活文化史―茶の湯といけばなを中心に (1981年)

山根 有三 /熊倉 功夫
旺文社 刊
発売日 1981-12



花道の沿革並に家元系譜と古流の歴史 (1962年)

木村 古帚

発売日 1962

目次

花道の歴史―最初の花道史概説
いけばな芸術確立への道
室町時代の立花図巻について
室町時代たて花概論―いけばなの確立と展開
桃山・江戸前期の花道
立花様式の完成―二代専好の生涯と作品を中心に
専好作品の研究史料とその解説
いけばなと絵画における草花木表現




かが・のと生け花人国記

北国新聞社編集局
北国新聞社 刊
発売日 1992-01



いけばなに生きた人びと (1973年)

吉村 貞司
徳間書店 刊
発売日 1973



いけばなと現代


工藤 昌伸
同朋舎出版 刊
発売日 1995-11



華術師の伝説―いけばなの文化史華術師の伝説―いけばなの文化史

海野 弘
アーツアンドクラフツ 刊
発売日 2002-05



生活からみたいけばなの歴史 (1964年)

大井 ミノブ
主婦の友社 刊
発売日 1964



いけばなの成立と発展

工藤 昌伸
同朋舎出版 刊
発売日 1992-11










この記事へのトラックバックURL

http://kaki.comi2.jp/t4774
※このエントリーではブログ管理者の設定により、ブログ管理者に承認されるまでコメントは反映されません
認証文字を入力してください